エスカレータに乗る

シルバーシートに座るな」「降りる人が先」「エスカレータで走るな」と言われて育った。何につけても意見の一致をみない両親だがそこは珍しく口を同じゅうして言っていた。根本にあるのは「恥を知れ、それはお前のためのものではない」という原則で、「体が不自由な人のために…」とかいう道義的な説明は、しないでもないが二の次だった。自然と、優先席に座る選択肢はありえないと思うようになり、自分が子供の自分には無かった、ホームのエレベータにも、その原則に依って乗ることは無い。
彼が退院し、彼の自宅まで荷物を運んで同行する。送りにきたのに逆に駅まで送られる。今後一ヶ月の絶対安静を言いつかった彼は、改札口までをエスカレータで上る。「これ、使うようになァ、なッちまッて…」と苦笑するのを聞く。自分も多分約40年後にそう呟くだろう。