「素粒子」映画化

以前、トゥーサンの新作が出ないのにしびれをきらして野崎センセイ訳つながりで読んだ、ミシェル・ウェルベックの「素粒子」が映画化とのこと。
ユーロスペースにて3/24より。
http://www.eurospace.co.jp/detail.html?no=74

性的な描写がきつく、あまり救いや娯楽がないのでときどき読むのをやめようかと思ったけれど、世俗的な苦しみにとらわれた兄と、それらを切り捨てて(周りの人間関係も切り捨てて)世捨て人になっていく弟の対比が面白かったので読んでしまった。
特に兄ブリュノの親世代に対する嫌悪感と、それと矛盾した行動とさらに自己嫌悪のサイクルは興味深かった。(ヒッピーで育児放棄の親を憎んでいるのに、性的な充実をもとめてヒッピーのキャンプに行ってしまうとか)
しかしとにかくこの小説は最後の1節が重要というか問題で、これをもってこの小説をS●と読むのか、それをオチと見て笑うのか、特に気にしないのか、そこが問題。
Amazonのレビューを見ると、そこに注目して「人類●●計画じゃん」と書く人もいるし、それまでの痛い描写のほうを注目して特に最後の部分は気にしない人もいるようだし。
自分はラストで「え・・・えす●ふだったの・・・?ハヤカワとかじゃないのに・・・?」と驚愕し、それまでの伝記調の描写に納得し、これがジャンル小説であったことにほっとした。(「痛いドロドロ人間模様」を生のままではなく、「ファンタジー」とか「歴史」のジャンルをかぶせてしまうことで焦点をずらすというか、和らげるというか)
ただ映画化するとなるとそこは表現しにくいんじゃないかなー。「痛いドロドロ」を描き続ける映画だとしたら辛い。なんかそういう雰囲気の映画になりそうだ。

あと映画は「ハッピーフィート」(ペンギンのCG映画)に行きたいぞ。