マティス、ロダン、銭湯

久々に銭湯に行く。
ちょうど一番混んでいると思われる10時過ぎに行った。湯船につかりながら、中高年女性でごったがえす洗い場を眺める。
濃い蒸気の中で、照明は方向性を失い、人影は平面的な「サーモンピンクの塊」に見える。立体感は無いけれど massive で、色からみてもなんとなしにマティスピカソの絵を思い出した。あぁ女ってのは確かにあぁいう形、色で出来ているな、精緻に描くよりもなるほどあの「ピンクの塊」こそ女だな、と思い出した。
そんなわけで銭湯は女性が最も美しく見える場所なんじゃないかと思うが、いる人間の振る舞いはさほど美しくもなかった。
混んでいたので自分の「席」に選択の余地がなかったが、周りの声を聴くところによると、どうも自分は噂の「迷惑な人」の隣に座ってしまったらしい。
文鳥の行水のようでさすがにいられなかったので、彼女が上がるまで湯船から出られなかった。妙にせかせかした動きにもかかわらず、手数が多いだけで殆ど作業が進まないので、観察しているとハツカネズミを見ているようだった。
また、どうも自分が昔教わったよりも(小学生のころ2年間ほど風呂なしの家に住んでいた)全体的にマナーは低下しているらしく、「立ってシャワーを浴びない」「流すときは排水溝に向けて」といった銭湯作法は年齢を問わず風化しているようだ。
「正座して背中を丸め、かがんで洗面器に髪を浸す」女性の姿勢は美しい。ざばざばとシャワーをかけて顔に長い髪がべたべたと張り付くなんて状態と比べるまでもなく。
しなった背骨のライン、頭を洗うために上げられた腕と膨らむ肩甲骨、うなじから浸された髪までの曲線、どこをとっても、特に年代や体型を問わず美しく、しぐさとしてもエレガントだ。ロダンの彫刻のなかで一番気に入っている「ダナイード」も似た姿勢をとっている。
(自分でやっても見えないので、)銭湯や温泉でなら見られる…と思っていたが、1時間ほど滞在した間、そういう姿勢で髪を洗っている人は一人も見かけなかった。全裸のときこそエレガントに。