財布を握らせろ

友人SilentHに5万円渡して、私の服を選んでもらうことにした。つまり選択権と決裁権を委任した。
「友人のアドバイスを聞きながら洋服を選ぶ」ってよくあるし、その目的は普段の消費行動に変化を与えることだと思う。ストライプばかり買ってしまうとか、ターコイスブルーやからし色に目が無いとか、そういう固定化した消費行動にダメ出しをしてもらい、あわよくば今まで全く縁のなかった分野を薦めてもらおうとか。(「自分の知らないステキな自分」を発見することを想像するのはありふれた妄想だなぁ)つまり「ダメ出し」+「レコメンデーション」を求めている。

しかし実際のところ、「それももう持ってる!」「またそういう柄か!」という「ダメ出し」を聞き入れることは比較的簡単だけれど、(似たような服ばかり買っているのは自分でも分かっているのだから。)「レコメンデーション」を受け入れるのはなかなか難しい。もしかしたら似合うのかもしれない、単に見慣れていないだけで他人が見たら悪くないのかもしれない、と思いつつもぴんと来ないなぁと思っている服をいざ自分で1万円札を出して買うことにはためらいが生じる。ダメ出しをされると「じゃぁ、何を着たらいいのか教えてよ」と言ってオススメをしてもらうことを依頼するけれど、最後に「自分で金を出す」部分で手が止まってしまうなら、折角の友人のオススメが無駄になってしまう。

これを解消する手段として、今回決裁権までを含めて完全に委任してみた。プロジェクトの目的(今まで着なかったような服を着ることで、服飾に関する趣味・嗜好の可能性を広げる。)のみを伝え、基本方針の策定(「清楚+カジュアル」)から店の選択(ベイクルーズ、ノーリーズ系になった)、試着するものの選択、購入するかどうかの決定までを委任した。

なるほどこれは効果的で、というのも、5万円渡してしまった時点で気分的にはそれは「私と関係の無いお金」になってしまい、購入するかどうかの決定権も自分にはないので、金銭的な事由でのためらいが選択に影響しない。趣味の固まっている自分にとっては、こうなってはじめてレコメンデーションが意義を持つように思う。外部からの指摘にもとづいて自らを変えるなら、外部の人間に対する適切な権限委任が必要だ。自分の自主的な選択がもしただの惰性になってしまっているとしたら、たまには完全に従属してみるのもいいのかもしれない。

ちなみにやってみてどうなったかというと、「スパルタ式服装ダメ出しツアー」になった。シンプルなシャツを着させては「体型が貧相だからダメ」、アースカラーの麻シャツを着せては「百姓臭い」、レースやピンタックの入った白のワンピースを乗せては「寝巻きか」・・・とほほゥ。まだ2万も使ってないのでこれから巻き返しだ。