「サウスバウンド」奥田英朗 2005

Wikipediaより)「元過激派の父が起こす大騒動に翻弄されながらも、東京→沖縄への移住を通して家族の絆、息子二郎の成長していく過程を描いている。」

角川文庫夏の百冊のブックレットを見ていろいろ借りてきました。
なんか聞いたことのあるような家族だなおい。
「きっと戯画化された元過激派・無政府主義者をうんざりするような感じで書いておいて、で、後半味方がついてその経歴を生かして華々しく活躍する、それで主人公(息子)がしだいに親を肯定できるようになる、とかって話なんだろうなぁ。そうだったらやだな」と思って読み始めたけど。あたり。でもそんなに悪くなかった。
この著者は59年生まれなので、あの世代ではないけれども、ときどきこの「元過激派の父母」のことばには、わたしが「あの世代」の人から聞いたことのあることばと同質のものを感じることがあり、どきりとした。

  • 主人公の父、太郎の、環境保護団体へのことば。「おれは、あんたらみたいな運動屋にはもうシンパシーを抱いていない。左翼運動が先細りして、活路を見出したのが環境と人権だ。つまり運動のための運動だ。」
  • 「世の中には、最後まで抵抗することで徐々に変わっていくものがあるんだ。平等は心優しい権力者が与えたものではない」
  • 主人公の西表島での同級生、七恵のことば。「小学生にはうまくいえないけれど、働かないことや、お金が無いことや、出世しないことの言い訳にしているかんじ。正義を振りかざせばみんな黙ると思ってるのよ。」
  • 主人公の母、上原さくらのことば。「世間なんてちいさいの。世間は歴史も作らないし、人も救わない。正義でもないし、基準でもない。世間なんて戦わない人を慰めるだけのものなのよ」